人間禅について

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はじめに
私たち〔人間禅〕は、「今の自分」というものをいったん全て棚上げして、「自分の計らい」というものを一切放棄して、毎日の、限られた時間ですが座布団の上に座り、そして、自分の呼吸だけに精神を集中して、心の中に想起してくる色々な記憶やそれに連なる思いをその時間だけでも徹底的に排除する、その様な作業を毎日繰り返すことをしています。そのことにより、日々の生活にかまけて失われがちな、人間ならば誰しもが本来必ず持っているはずの「本来の自分」を少しづつでも思いおこし、人間として本来の生き方を取り戻そうとしています。
 私たちの〔人間禅〕は、明治の初頭、日本の文明開化がまさにこれから始まろうとしているそのさなかに山岡鉄舟、中江兆民、高橋泥舟ら当時の慧眼の人達が、時代の転換点の騒然とした世の中にあっても「人」として激動期のこれからの日本を背負っていける人物を育み世に送り出す必要を痛感し、それには「坐禅による人格形成」が最も相応しい、との考えによって立ち上げられた「人づくりの会」です。
今、私たちは、このような先達の志の流れを受け継ぐと共に、その基となった「禅」が本来備えている「人間形成のための最も有効な手段」として、私たちもそうなのですが一般社会にあって働き、学びそして生活している人達、いわゆる在家の人達も「禅」の修行をすることにより「心が定まり」、「人間力」を養うことができるような場を得たいと願って集まってきています。そして、そこでは私達は、私達自身の意思で運営し、自分達の分に添って修行し、夫々が自分磨きに日々励んでいます。
詳しくはどうぞメニューボタンを選んでクリックして内容をご覧ください。
人間禅について

「禅」は、紀元前5世紀のお釈迦様から始まりその後6世紀の達磨大師の中国への伝来を経て、更に13世紀に我が国へもたらされました。「人間禅」は、今に至るまで脈々と受け継がれてきた「正脈の法」を受け継ぐことを許され、それを今日まで担っている「居士禅の会」の団体であります。
※ 人間禅の歴史につきましてはメニューの中の〔人間禅の歴史〕を参照して下さい。
又、居士禅につきましてはこの後に続いてご説明しますと共に、メニューの中の〔居士禅〕でも説明をしてあります。

「人間禅」の前進である居士禅の会の「両忘会」は明治初頭に発足、その後「両忘禅協会」等に名称を変更しつつ続けられてきましたが、戦後間もない昭和23年10月に「宗教法人・人間禅教団」という新しい団体として再結成されました。それまで両忘禅協会を指導されてこられた両忘庵釈宗活老師の、その法を受け継いだ耕雲庵立田英山老師がその人間禅教団の総裁に就任されました。
ここに、従来の禅寺にあるような専門の出家僧が中心となって行われる「禅の修行」が、われわれ一般社会にあって職に付き、学業を学び、家庭を営む、通常の生活をする在家の人達にも「居士禅」として正脈の法に基づく禅の修行がかなえられることとなりました。
因みに、耕雲庵老師の社会歴は、旧姓第二高等学校を出て東京帝国大学で生物学を研究された自然科学者であります。

昭和24年3月に正式発足した「人間禅教団」は、その76年前に結成された「両忘会」の設立趣旨と特徴をそのまま引き継ぐと共に、そこに更に、新たな特徴をも加味しています。即ち、

  1. 人間形成、即ち人づくりの禅会である。
  2. 脱俗出家した僧侶を対象としたものではなく一般社会人(居士)を対象とした禅会であるが、禅修行の形はそのまま継承しつつ、そのなかにも「一般社会人を対象」とするための新しい特徴も兼ね備えている。修行の中核を担う師家は在家のままの居士が就任する。
  3. 従来の僧堂にはない革新的な『立教の趣旨』を制定し、公に宣布している。
  4. 同じく、従来の僧堂では内部で口伝されてきた多数の公案の中からそれを厳選し、更に、境涯の浅深に沿って段階的に整理された「二百則」を『瓦筌集』として制定し、一般にも公開している。
  5. 設立時の時代背景にあった戦後民主主義を組織の中に一早く反映し、民主的な組織運営を徹底すべく新しい時代に則した規則・細則を制定している。
  6. 法輪・法務と食輪・総務を明確に区分し、その運営に当っての資源はその構成員の会費に依っている。
    等の各項目を特徴としています。ここに従来の伝統的な寺院における禅とは全く異なった新たな「禅」の道が開かれたのであります。


    居士禅
    居士とは非出家者、つまり在家の者のことをいいます。 在家ですから、実社会にあってはそれぞれの職業を持っています。 もちろん学生や、主婦の方も含まれます。
    出家者である専門の雲水修行者が、 僧堂において雲水の立場から修行を行なっているのに比べ、 居士禅では、在家の人達が 主体であるために、 正式に僧籍を持つ者以上に社会に密着した姿で修行を行なうことになります。

    居士禅では、 実社会の中にあってなおかつ純粋に自己確立を目指すことが求められ、 それによって自分に安心を与えるとと もに、 修行によって悟り得た徳力を各自の領域、 職域において自然に発露していくことで社会に貢献することが目標とされ ます。