◆ スポーツと禅 ◆
肚で考える
今年の大相撲初場所は96年秋場所の貴乃花以来、44場所ぶりの全勝で朝青龍が優勝した。
初日から千秋楽まで全くあぶなげない速攻且つ力強い相撲で大関陣をも相手にしなかった。しかし私は13日目の魁皇が黒星をつけてくれるものと大きな期待を抱いていた。それは朝青龍の魁皇との過去の対戦成績が5勝7敗、特にこの1年間は1勝3敗と苦手にしてきたからだ。結果は魁皇の左をたぐって背後へ回り込みながら右足を飛ばしてすそ払い、連続攻撃で土俵外へ追いやり、魁皇をして「情けない相撲をとってしまった」と言わせる程の完勝。取り組み後、朝青龍は「何も考えずにいった。体が自然に動いているだけ」と泰然としていた。
私が初場所の話をここで再現した理由は「何も考えずにいった」との朝青龍の一言に、重要な真理が存在すると感じるからである。
この「何も考えない」とは如何なることか。頭脳ではもとより、頭の天辺から足の先まで無思考、無意識で相撲がとれるのであろうか。
頭脳では何も考えていないが、実は「体を自然に動かしめる」働きが身体の中にある筈だ。
それが「肚」。肚は腹、丹田のことで、この重要性は「腹のできた人」「腹を鍛える必要がある」「胆力のある人」等古来から、その大切さが強調されている。丹田は「へその少し下のところ腹の内部にあり、気が集まるところ」と言われている。私はこの肚を鍛えることにより、肚で思考ができるのではとの思いを強く持っている。
生命の歴史をふり返ってみると、良く解るが我々人間の原点は頭脳でも心臓でもなく、腸にあった。5億年ほど前に原始動物ヒドラが発生するが、この動物は腔腸動物で全身が消化器だけでできていた。そしてこの動物が最初に神経系を獲得し神経中枢系が生まれ、これから脊髄、脳ができてきた。
私が呼吸法を習っている西野皓三先生は我々の原点が腸にあることより、正しい「知」の世界は頭脳にあるのではなく腸にあり、思考も頭脳で考えるのではなく腸で考えると言われている。
現代医学的にも重要な自律神経の集合体である太陽神経叢は腹腔内にあり、この太陽神経叢の働きが活発になれば自律神経は正しく機能する。
又臨済禅の中興の祖、白隠禅師も「我が此の気海丹田、腰脚足心、総に是我が本来の面目」と真実は丹田にあると言われている。気海とは臍下1寸5分、丹田は臍下3寸の辺りで気海丹田で下腹部を言う。白隠禅師は下腹部に加え腰から足心迄の身体の下半分の重要性を強調されている。別の言葉で言えば「上虚下実」。身体の上半分は「虚」であり下半分こそが「実」であると。
若い人の「キレル」症候群も戦後の頭脳中心の教育で意識(気)が常に上半身にあり、下半身、特に丹田に下ろす訓練がなされておらぬことと、戦後の「自由、平等」の思想をはきちがえ克己心、忍耐力等の胆力を培う訓練がなされておらぬことによるものと考える。池田小事件を挙げるまでもなく、日常茶飯事に行われる“イジメ”に代表される人間性にもとる陰惨な諸々の事件もまた頭でっかちで肚がおろそかになっていることに起因しておると思われる。
従い、相撲をはじめ武道、スポーツ等の勝負事、あるいは晴れの舞台での芸事等で実力を発揮するためには勿論の事、普段の日常の生活においてこそ肚づくりが求められ、肚で思考できる人間づくりの必要性を感ずる。
なぜ頭でっかちで肚の無い人間が増えてきたのだろうか。又丹田の強化により太陽神経叢を活性化し自律神経の機能を高めれば避け得る自律神経失調症等の現代病が増えたのだろうか。
先に頭脳中心の戦後教育と述べたが、教育が全ての責任ではない。大家族主義の崩壊、少子化それに伴う甘やかしによる忍耐力とか克己心が培われない。あるいは戦後の新しい思想「自由、平等」のはきちがえで自己中心的な我が侭の増長等複数の理由によるもの。又戦後経済が発展し、人々が便利さと効率の良さを求める傾向が加速され、便利さが同時に人間を退化させ、自己喪失に結びついた面を指摘しなければならない。
原始社会では農耕民族であれ狩猟民族であれ身体を動かし食を求め生きていることの心地よさ、楽しさを感じて生きてきた。原始社会までさかのぼらなくとも戦前は大人も子供ももっと身体を動かし生きてきた。ところが最近は戸外の活動よりも室内にこもりきりになり、例えばソファーに横になりビデオを見たり、ゲームに興じ頭だけで楽しさを作り、身体を動かさず頭脳中心の生活になっている。しかも遊びのみならず、仕事でも益々頭脳生活の比重が高まりこれを避けては生きていくことができなくなっている。
それだけに、自然に親しむ、身体を動かす、運動・スポーツをすると共に意図して頭脳生活から非頭脳生活つまり丹田の鍛錬に資する生活を取り入れねばなりません。例えば弓道範士八段の今村鯉三郎先生が戦時中、小隊長としての配属先の部隊長から「将校はすべからく肚をつくれ。それには、弓を引くことである」との伝達で弓道を始めたと述べておられる様に、弓道等の武道で肚を鍛錬されている武道家は多い。
しかし弓道等の武道や他スポーツあるいは芸事に依らずに肚をつくる方法は無いものであろうか。
それが丹田呼吸法である。呼吸法には胸式呼吸法、腹式呼吸法が知られているが、丹田呼吸法(正確には、長呼気丹田呼吸法)と言うのは横隔膜を意識的に訓練して行う呼吸法で、大きく吸うことにより横隔膜を引き下げて腹圧を高めつつ下腹を膨らまし、この状態から細く長く吐きながら筋力の持久を継続する。吐きながら筋力の持久を続ける、つまり腹圧を下げない点が丹田呼吸法の特徴でこの点で腹式呼吸法と大きく異なる。
丹田呼吸法はその淵源を遠く釈尊(お釈迦様)迄さかのぼる。釈尊が実践された呼吸法は[仏説大安般守意経]にあるアナパーナ・サチ(安般守意)と呼ばれ、入息・出息に意を用いる呼吸法です。呼吸は普通、無意識のうちにしていますが、これを意識呼吸で行う方法で、先に説明した通り吐く息は長く(長呼気)、吸う息は短く(短吸気)する。これが長呼気丹田呼吸法です。
禅の高僧はこの呼吸法により一分間に二〜三回の呼吸にまで深い呼吸を可能にしています。禅の高僧ほど深い呼吸が出来ないまでも、この長呼気呼吸法を習得すれば肚づくりに効果があり、肚で考えることができるようになるとの思いを深めています。
平成16年2月20日 記
参考文献
1) 西野流呼吸法創始者 西野皓三先生の諸著作
2) 調和道協会前会長 村木弘昌医学博士の諸著作
尚著書名他詳細知りたい方は お尋ね下さい。
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